ブラック企業的労働基準法問題で電通社長が辞職する話から働き方を考える

今日は12月29日(木曜)です。
2016年も年の瀬ですね。

早いもので僕も今年で41歳になり、
色々なことが自分の中でも移り変わるのを感じています。

日々の過ごし方から、家庭状況への対応。
業務的な仕事の取り組み方から、今後の展開まで。

今現在20代のヤング世代と同様のことは(現実的状況的にも)できないし、
かといって年齢や状況を言い訳にして後退するほど老いてもなく、
なんとなく惑いながらやることを絞っていくつもりです。

で、年の瀬…

電通の石井直現社長が、およそ1年前に起きた電通社員の過労自殺を巡って、
労働基準法違反容疑で書類送検されたことを受けて引責辞任するとのこと。

まぁいろいろあるなぁ、と思いながら。

経営トップは責任取るのも仕事だから、辞職はまぁアレかと。

それにしても、
かつて何度か業務的なプロモーション活動で訪れたこともある電通で、
こんなことになっていたのか的な驚きはありました。

ブラック企業的労働基準法問題

個人的には、電通と言えば「就職したい会社No.1」の人気企業のイメージがあります。
それってもう20年以上前のことで、昔話なの??

現在の同業者で学歴も素晴らしい若き実績者に聞いたところ、
電通はものすごく仕事がハードな会社で、
かなりブラック企業的イメージが強いという印象らしい。

僕のこれまでの認識と随分はなれてる。

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そう考えると僕も少しは社会経験があるアラフォーミドルエイジ

いつの間にか年月が流れるうちに、
世間の働き方も変わってしまったのだろうか…??

僕がかつて思っていた企業で従事する仕事のイメージと、
実際に聞いた過酷な企業戦士の話を書き連ねながら、
なんとなく年の瀬に今年の自分の仕事を振り返ります。

電通って、そんなにブラックだったのか??

電通のイメージって、スーツでカチッとして通って、
広告代理店だから、広告の営業や宣伝する会社のイメージ。
そりゃそうか。

僕がかつてプロモーションで訪れたことがある電通の部署は
クリエイティブ部門だったので、
皆さんのファッションもスーツとかじゃなくて緩かった印象。

それが実は、
「鬼十則」更に「裏十則」という社訓的なものもあり、
毎月残業100時間越えで超ハードワークだったとは…


僕はといえば…

スーツ着てピピっと勤めてた時期もあったけど、
これまでの半生殆どがゆるい感じのインドアファッションで、
比較的自分のペースで業務できることばっかりやってきたような。

多くの企業勤めの方が経験している、
スーツやバリっとしたオフィスファッションで、
朝9時の定時出社で18時まではビッチリと、
そして更に業種によっては残業しまくりリンゴ、
みたいな感じの重たい経験をそこまで積んだ気がしない。

就業時間とか、業務状況とかハードでも、
ユルイ感じでマイペースにやってこれたから、
そこまでハードに感じなかったんだろう。

園山恭平仕事モード

こんな感じで…

スーツ着て勤め仕事した時期もありますが、そんなに長くは…
いい意味でユルイ人生です。

園山恭平が経験したり聞いたブラック企業な話

ここまで書いて、何を書きたかったか自分でも微妙になってきた。

というわけで、
僕自身がこれまで経験したり、
実際に体験した方から聞いたブラック企業的な話をツラツラとかきます。

このソーシャルなご時世なので、
特定などこかに悪意もって書くわけでなく、
本当に自分が経験したり直接聞いたことをユルク書くので、
都市伝説的な感じで半分冗談として見てください。

佐川急便がかなりハードという話を

ハードな仕事の代名詞とすれば、佐川急便。

僕がかつて聞いた話だと…

  • 常に走ってないと… 鉄拳制裁
  • 冬寒くて長袖着ると「お前は寒さに負けるんかー!」→鉄拳制裁
  • 集荷と配達を時間内に全部終わらせないといけない → かなりハード

佐川急便の方は、かつての勤め仕事先で集荷お願いしてる時に見てて、
超大変そうだったのを記憶しています。

まぁ、そりゃそうか。

ある佐川急便経験者に聞いたら…

「トラックの運転席に、制服を脱いでたたんで置いて、そのまま逃走した先輩がいた」とのこと。

トラック放置して逃走って、相当ですね。


佐川急便はワタミ創業者の渡邉美樹氏や、
ソフトオンデマンド創業者の高橋がなり氏が、
起業の資金つくるのに従事されてたのも有名ですね。

とことんハードな印象です。

※あくまで、都市伝説として聞いてください。

出版社系は寝泊りが当たり前

僕のかつての勤め仕事の中では、雑誌出版社との関係も多かったです。

雑誌とかの編集部の方は、
締め切り前は泊まり込みが当たり前で、寝袋が常備。

ソファーは満席とのこと。

凛とされた女性編集者の方もこの習わしに参加されてるとのことで、
大手出版社でも変わらぬ編集魂を感じたもんです。

やっぱり変わらない魂は、大事ですね。

音楽系も状況次第で大変だが

レコード会社やミュージシャンをマネージメントする音楽プロダクションとかも、
状況次第では大変だと思う。

僕はなんだかんだでアレな感じで乗り切らせてもらったもんだけども…

タレント(アーティスト)に気を使ってケアして、
世話していきながらソフトを売っていくのが仕事なわけで。

タレントの時間にすべて合わせていくから、
自分の都合で時間が流れていかないことが多く、
そりゃなかなか大変なことも多いと思います。

売れっ子タレント(アーティスト)になればなるほど、個性が強くなる。

自分の世界を大事にして、ワガママだからこそ、一般層に響く作品が作れるわけで。
それを受け止めるのが音楽系スタッフの仕事。

僕の敬愛する長渕剛も、長渕剛の作品をつくるのは相当な理論を超えた世界もあるようで…

色々なアーティストの、様々な伝説を聞いてきましたし、
僕のすぐ横でも伝説は日常的に起こっていたりしました。
(僕自身には幸か不幸か殆ど直面せず)

スタッフは、大変です。

懐かしいなぁ。

園山恭平2006年頃

2006年頃の園山恭平。

園山恭平

たまにはパリっとね。そんなにパリっとしてないけど…

ライブハウスはどうなの?

音楽系の現場といえば、ライブハウスもあります。

僕もこれまで様々なライブハウスで勤めてきました。

西荻窪WATTSで手伝いはじめて、
CLUB Queで勉強させてもらい、Zher the ZOO YOYOGIやって、
なんだかんだで上野BRASH(店名変更済み)で1年くらい立ち上げ業務のサポートを。

これ以外でも、池袋鈴ん小屋とかそれ以外とか行ってた時も。

懐かしい。

西荻窪WATTSの時は、バイト代が1日3000円だったような。
まぁ、遊びにきてるついでに世話する、みたいな感覚で。

時間は4時とか5時とかから0時くらいまでで。

ユルクてよかった。
超アバウトな店だったけど。その感じがよかった。


新宿アンティノック系列とかは、自分はアレだったけど、
ミヤワキとかの店員さんとよく遊んで飲み歩いてた。

ライブハウスで勤めるということは、
芸人的なスキルも必要なことを目の当たりにした日々。
(アンティノック系列独特だったかも)

参照:2万ボルトブログ(2009年当時の)


あと、
PA見習いという形で入ると、時給300円というエクストリームな条件だったのを思い出す。

今、ヒルバレースタジオ店長やってるピータンとかも、
長らくライブハウスとかに泊まり込んでたの思い出す。

そういう人多かったなー、って思ったけど、現在進行形。

それでも、僕のまわりのライブハウス界隈の高齢化は進む。

それでも、現在進行形。

プロレスは、過酷だからこそ伝わるものができる

そうそう、僕は園山檸檬としてプロレス試合をやってきました。

体重60キロから、短期間でマックス80キロまで増やしました。

2時間おきに食事して、それを写真とってトレーナーしてくれてた先輩レスラーにメール報告。

仕事終わってから毎晩深夜にゴールドジムでウエイトトレーニング。
プロレスの合同練習には参加できるだけ参加。

なんだかんだでデビューもして、試合。
試合やりだしたらオファーもいただいて。

技術なくて肋骨折れて、胸骨折れて、それでもテーピングして試合してた。

ケガするのは、プロレスやってりゃ日常茶飯事。
それを克服していくから感動があるわけで。

でも、通常の仕事(当時は勤め仕事もやりながらだし)に影響するのが大変。

それでも無茶にプロレスやり続けてれば、
会社から三行半もしょうがないよね。

園山恭平木本健太

当時の業務仲間と園山恭平。
この直後くらいに、プロレス挑戦したと思います。

ここから一気に20キロ増やしたわけですね。

やっぱ昭和だよね

電通ブラック企業問題から端を発する労働基準法問題で、
レコード会社エイベックスも長時間労働是正勧告を受けたとのこと。

それに対し、マックス松浦勝人社長も、

「法律が現状と合っていない」

としてブログで持論を述べられたとのこと。

労働基準法って、日本で一番守られてない法律だって誰かも言ってたな。

労働時間の基準をどこに置くかは、
職種によって状況によって、
ここまで書いてきたことからもだいぶ難しいと思う。

アイドルタレントだって、SMAPだってある意味24時間営業だし。

なんか思うに、
昭和の時代は、なんでもかんでもド根性ありきだったような。

仕事がきついのは当たり前で、
当たり前にきついことをみんなが淡々とこなしていくのが普通。

ブラック企業というか、仕事はブラックなもの、と刷り込まれてきたような。


今、平成28年。
平成元年生まれも28歳の年代。

ソーシャルな時代になって、細かい情報もどんどん議題になるようになってきた。

そこで、この根本的な労働基準法とかも議題になってきたという。
社会問題だから。

昭和から続く日本の働くノリは、平成になってもなかなか変わらなかったわけだ。

いろいろな風潮的な事柄って、何か大きな事件が無いと変わりにくい。

飲酒運転の厳罰化もそうだった。

労働基準法を企業がどう対応していくか?

何かの大きなことがあったタイミングで変わっていくものだと思う。
そうなるかな?

自分で商売してみたら

まぁ、これまで長らくやってきた働き方・雇用の仕方が変わると、
単純に企業収益が減るから、雇用機会も減少するし、
日本の景気自体に影響していく部分はあると思う。

難しい部分。

僕はと言えば、今現在は勤め仕事でなくて、しがない自営業者。

自分でやった分が収益になり、成果がなければ何もない。

雇用されてないから、ある意味気楽でいいけど。

自分でやってかないといけないから、
自分でプレッシャーかけてやっていくしかない。

やらないと、何も無いから。

園山恭平インフォトップ忘年会

2015年12月の園山恭平(某取引先企業の忘年会にご招待いただいた時)


自分で商売していくと、自分の行動が全てだからシンプル。

企業に雇用してもらうって、ある意味楽でもある。
流れを任せられて、責任を負ってもらえるから。

その代わり、言われるし、やらされるし、プレッシャーがかけられる。
時間も拘束される。


自分で商売やってる自営業者は、その点自由と言えるけど、
自由に溺れちゃってユルクなりすぎると先がない。

一長一短。

なんだかんだでやり続けるしかないのは同じ。

お陰様でというか、なんとか僕の仕事もなんとかかんとか。

同業の実績者達に比べるとかなり地味だけど、マイペースでできてるのがなんとか。

まぁ、アラフォー既婚の妻子持ちで、そこをケアしながらやるのは限界があります(涙)

そんな中、様々な角度から家族にベストなケアを提供できている自負は有り。
(自負はあっても、評価は低い現実)

そういう状況つくれてるのと、
それでもなんとか業務もゆったりながら右肩上がりなので、
ユルイ感じのマイペース自営業もなんとかね。

勤め仕事やってたら、この状況はつくれなかった。

これもなんだかんだで人生の定めですね。


やっぱり昭和のスピリッツを持ちながら、時代に対応していく。
これですね。

そんな感じで2017年も地道にやっていきたいと思います。

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2 Responses to “ブラック企業的労働基準法問題で電通社長が辞職する話から働き方を考える”

  1. takenaka より:

    園山さんのコンサル企画はもうされないのでしょうか?
    たくさんの情報発信されてる方がおられるんですが、園山さんが一番親近感を感じますし、実力がおありなんじゃないかと思います。よかったらご検討ください。

    • 園山恭平 より:

      takenakaさん、コメントありがとうございます。

      僕自身は最近コンサル企画をやっていないのですが、またタイミングと機会あったら、とも考えています。

      ご自身のペースでドンドンやるべきことを進められるといいですよ。

      また何かありましたら、業務系のブログでも更新していきますので!

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