あるバンドマンの今と就職バイト先探しに関しての実話

2015年の夏が完全に終わりを告げました。

そりゃもう10月半ば。
涼しいを通り越して肌寒々しい時期になってきました。

様々あった夏の大イベントを数々終えて、
参加したり傍観したり見過ごしていたりの日々。

ホッと一息つくのもつかの間で、気がつきゃすぐに年末です。

残された2015年の予定も着々と埋まりつつあり、
年末年始の予定が急ピッチで組み立てられている今日この頃。

「そういえば、山下さん歌舞伎町パーキングの仕事なくなってから、どうしてるかな?」


ふと思ってメールを送ってみたところ、間もなく返信が。

「ダラダラやってたけど今は本当に仕事探し中そろそろ見つけなきゃ!」

とのこと。

ええ!?

ってことは
歌舞伎町パーキングのバイト先が無くなってから、ずっと無職ってこと???

山下さんのバイト先が無くなると聞いたのは、もう1年半くらい前のことだったんです。
(去年の夏くらいにバイト先は終わってるような気がしました)

少しだけ驚いた僕は、更にメールを返信しました。

バンドマン就職バイト先探し


まぁ、山下さんが仕事やバイトを長らくしていないのは、
実は今にはじまったことでもないので、僕の驚きは少しだけ。

決して本人があまりにいい加減で仕事ができないとか、
そういう類いの話ではないのでご注意ください。

むしろ山下さんは一度始めた仕事や約束事も、
遅刻もしないしある程度しっかりと勤めあげる気持ちがある真面目な方です。


「体調悪いんじゃないかな?」

バンド活動をバリバリやっていた以前とは状況も年齢も変わってきているので、
少し心配にもなった僕は更なるメールのやり取りを続けました。
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あるバンドマンの軌跡と今

「山下さん」って誰?と思われるかもしれないので、
ちょっとだけ山下さんを紹介しておくと、
かつて僕がやっていたバンド「メタル刑事」でギターをやっていたメンバーです。

メタル刑事バンド

バンド「メタル刑事」時代のアーティスト宣材写真(照)
向かって左側が山下さん、向かって右側が園山恭平

上記の写真を撮影したのは2000年頃なんだけど、
15年たっても山下さんのビジュアルは全く変わっていない驚異の若さを感じます。


このバンドに参加した前後も都内で精力的に活動するバンドに在籍されて、
長らくライブハウスシーンでギタリストとして頑張ってこられました。


僕が山下さんと出会った当初は1999年頃だったと思いますが、
当時は高円寺駅から徒歩15分くらいの
4畳半(6畳??)風呂なしアパートで暮らしておられ、
僕の当時住んでいた部屋から近かったこともあり、
よく支援物資を持って部屋に訪問していました。

もうそれも15年くらい前なので、ちょっと時間の流れにビックリですね。


僕がバンドやりながらそのまま某レコードメーカーで働きだし、
その後あんまり精力的にバンド活動をやらなくなってきて、
プロレス始めたりWEB系の仕事へ転職したりする間も、
一貫して山下さんはバンドとバイト的仕事をやり続けておられます。

石の上にも3年、10年続けば何でも本物。

バンドマンとしてのライフスタイルを全うすることに関しては、
相当な達人であると言えます。


近年は歌舞伎町の駐車場管理の仕事をやられていたので、
歌舞伎町を通った時にはよく顔をだして立ち話していました。

その歌舞伎町パーキング自体が閉鎖になることに決まったのが、
昨年の夏くらいだったような気がします。

その後どうしているかなと思って、連絡した感じなんですね。

山下さんのご自宅訪問へ

その後何度か電話でも話して、本当にその後仕事をやってないとのことで、
久しぶりに山下さんの自宅を訪問することにしました。

かつての高円寺の4畳半(6畳??)の部屋からは引っ越ししておられ、
現在は練馬区某所で1K風呂付き部屋に暮らしておられます。


歌舞伎町パーキング管理の時は時間帯が深夜だったこともあり、
近年一緒に飲みいったこともなかったのでちょうどいいということで。

バンドマン部屋

山下さんの部屋。
ギターが数本セットしてあり、バンドマンっぽい感じ。

キレイとは言い難いですが、男らしい感じの部屋模様。

パソコンもなんとマックとウインドウズを合計3台所有されており、
現在は主にDTMで音楽を作っているとのこと。

かつて僕もDTM(パソコンで音楽つくる作業)にハマった時期があり、
ハイスペックノートパソコンやシンセサイザー(僕はTRITONシンセを購入)や
録音できるソフト(僕は当時CUBASE SXを購入)等を導入しました。


現在はかなりパソコンハードが進化したこともあり、
無料で利用できるソフトが増えて使いやすい状況になっています。

パソコンとインターネット環境があれば、
気軽に音楽制作もできる時代になったと言えます。

バンドマン部屋風呂付

通路奥にはマーシャルとメサブギ(だったかな?)のギターアンプも。
(これは知人のものとのこと)


それにしても山下さんのビジュアルが若い。
現在43歳くらいだったような。


その後、近所の居酒屋に移動して談笑。
アラフォーミドルエイジの2人が渋い居酒屋で。

バンドマン居酒屋

利用中のプロバイダサービスからの連絡電話に応答する山下さん。
携帯電話やインターネットが通じているうちは大丈夫ですね。


それにしても1年以上定職ついてないのに、
それでも普通に対応している様子は相当メンタル強いですね。

かつてのバンド活動全開の時代は、
どうしてもバンド中心の生活するということで、
出来る仕事とかも限られていたのですが最近はそんなこともなく。

むしろ多くのバンドマンが仕事や生活を基準にして、
できうる許される状況の中でバンド活動する方が多くなってきています。


以前はバンドをやることに宛てのない夢があったわけです。

個人的に20代や30代の頃は、PUNKSが仕事をしたら「負け」だと本気で真剣に思っていた。
仕事をやりながらバンド活動をするなんて考えられなかった。
実際仕事なんてしてなかった。

そんな無茶苦茶が出来てしまう20代や30代のときだからこそ、
こんなに毎年全国ツアーができたのかもしれない。メンバーの中には、

ちゃんと仕事をしている人間もいたが、今考えると凄いことだと思う。

引用:ツアーのススメ〜日本編



あれから僕たちの時間は15年以上が流れました。

時間も状況も大きく変わってしまったけれど、
価値観は人それぞれなのでしっかりと自分の人生をいきていくしかないですね。

ただ、ちゃんと仕事はして生活は安定させましょう(笑)

インターネットとパソコンの活用

かつての20代だったころならともかく、アラフォーの現在も1年以上仕事してないなんて体調わるいんじゃないかな?


そんな心配をけっこうしていたんですが、
どうやらそんなこともなく体調も悪くないそうですし、
実際に会った感じも体調は大丈夫そうでした。

かつての高円寺風呂なし四畳半(6畳?)の部屋にいた頃は、
まだインターネットもパソコンもスマホも無い時代だったので、
部屋にずっといると本当に時代の地下に埋もれていくような感じだったのですが、
現在はパソコンもインターネットもスマホもある時代です。

部屋に居ながらにして世界の状況を知ることができて、
更に好きな音楽制作もパソコン1台で部屋でできてしまう。

そういう便利な環境が長らく仕事をしていない状況でも、
精神衛生的によい影響を与えているのかもしれません。

僕も実際に話してて、
インターネットの存在がよい影響を与えていることを感じました。


気軽に好きなことができて、情報も取得できる環境があれば、
あとはキッカケとタイミングで状況を変えていくことができます。

選択肢が増えた現代は、かつてよりも相当自由度が高いと言えるかもしれません。

「バンド(音楽)がやりたいだけなんだよね」

渋い居酒屋で談笑している時に、何故仕事が決まらないのかを率直に聞いていました。
(実際そういう類いの話はこれまでも散々しているのですが)

その時に山下さんが興味深いことを言ってました。

「音楽やりたいから、だったらそれを仕事にできたら一番なんだよね」


おお!!!マジか!!

その感覚は確かに僕自身も二十歳前後くらいの時に思っていたことです。

だからこそ決まっていた就職も辞退して、阿佐ヶ谷に住んで、
警備員のバイトやりながらバンド活動を長らくやってたわけです。


確かに音楽好きでバンドやってるバンドマンは、
それ自体を仕事にできたら一番だと考えます。

当然の発想なんですが、その発想を持っていた頃から随分時間がたった僕は、
改めてその言葉を聞いてかなり新鮮な気持ちになりました。

レコードメーカーに勤めて、ライブハウス勤務した時期が長い僕は、
業界の状況もけっこう深く理解しているつもりでもあり、
そういう気持ちも発想も既に身近でなくなってしまっていました。

でもまぁ、そういう初期衝動を持ち続けていて、
好きなものを好きでいつづけるけるのは相当な才能だと思います。

それを建設的なエネルギーに変えて
目の前の出来事に取り組んでいく姿勢を考えていく時期(年頃)なのかもしれないですね。

ファズフロウト

17年くらい前の渋谷屋根裏にてファズフロウトの前身バンドライブ。

バンド「ファズフロウト」は母体となるバンドから殆ど変わることなく、
20年以上都内ライブハウスで活動し続ける友人バンド。

まさにバンドをやりたい熱情をポジティブに生活にぶつけ続けるバンドだ!

バンドマンの仕事探し

かつてのバンドマンは髪型が色染めてて派手だったり、
パンク系だと刺青が入っててとかで、
できるアルバイトや仕事もかなり限られていました。

というよりもパンク系バンドマンは、
僕が十代の頃はほぼできる仕事が無い状態だったと思います。


2000年くらいまでの頃はまだ、
刺青を入れているのがそんなにポピュラーではなく、
刺青を入れているだけで仕事ができない状況がありました。

僕の周りのパンク系バンドマンの多くはそういう状況だったこともあり、
けっこうそういう状況と戦っている場面もよく見ました。


最近は本当に世の中が開けてきて、
髪の毛染めてても刺青いれててもコンビニで働いている方もいるし、
オープンな時代になったなぁと感じています。


できうる仕事もかなり広くあるようになってきたし、
少し前のリーマンショック等であった求人難も解消されつつあります。


まぁ当然アラフォー過ぎてバンドマンやってきて、
特に資格も特別な職歴も無い状態だと地道な仕事からはじまります。

ですが、それもこれもポジティブに捉えてやっていくのがいいですね。

どうせ人生最後までやるべきことと向き合い続けるのだから。

あの頃、確かにそこにいた

気がついたら僕も来月で40歳になり、
かつてバンド活動やりまくっていた時期を懐かしく感じるようになりました。
(現在もあるバンドに有る形でかかわっていますが)


東京に来てはじめて組んだバンドメンバーは、今どうしているだろうか?

当時のバンドメンバーで、
高円寺の共同入り口共同トイレの四畳半に住んでた星野くんと菅原くんは、
相当昔に菅原くんが新宿ロフトの僕のライブに来てくれて以降だけど、
星野くんは当時北海道の実家に帰ったきり連絡をとっていない。

ドラムだったナオアキくんは、フェイスブックで再開し、
なんと株トレーダーとして大成功してるらしく(!!)
現在もドラマーとしても活動してるそう。

群馬に住んでた頃バンド界隈でお世話になった諸先輩方は元気だ。

現在もバンドやってる方々や違う方面で活躍されている方。


大きくバンドマンとして人気と知名度をあげた知人もいるし、
違う仕事で活躍して大きく社会的に出世した元バンドマンも多い。

僕自身はあまり住んでいる場所は変わっていないが、
地道にできうることのみを粛々とやっていくしかないと感じています。

アラフォーなんで。

現実の波にのみ込まれるな!

それにしても山下さんのメンタルは凄い。

なんにしても時代の波は激しく変化していることを感じる今日この頃。

とりあえず仕事決まったら、またのみましょう。

そんな感じですね。

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2 Responses to “あるバンドマンの今と就職バイト先探しに関しての実話”

  1. 園山恭平 より:

    とりあえずハローワークにいくことをすすめました。

  2. 園山恭平 より:

    山下さんはその後、郷里の広島にUターンされました。

    運転免許も取得されたようですし、まずはいったんめでたしめでしですね!

    応援、ありがとうございました!

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